ペタの哲学部屋

私ペタ(ハンネ)、が哲学を自重せずに展開していくブログです

精霊と言う概念

精霊という概念


生物の特徴として

明確な個を持つ存在とそうでなものとで

大別する事が出来る

前者は人間や動物、昆虫などがそれにあたり

後者は植物やも類、菌類などがそうである


魂について

例えば人や犬の魂がある事は一般的に想像しやすい

しかし植物や菌類に魂があると言われれば

前者と比べ違和感がある

その違いとしてそれらしいのが

個を持つものか

あるいはそれが曖昧であるかの違いと考えられる


植物について、例えば植木鉢に一輪の薔薇が咲いていたとする

その一輪の薔薇の魂は一体どこにあるのだろうか

植物の多くは葉や根の一部が欠けても生きていける

人間で言う所の脳のようなコア細胞があるとも考え難い

植物の命はその植物一つの命と言うよりも

種全体で機能していて

動物の様に個体の在り様にあまり頓着していない

挿木などの栄養繁殖を考えれば

一体誰が誰であるのか?と言うのがかなり曖昧である

よって、植物の魂

と言うのが植木鉢Aの植物の魂

の様な概念としては考え難いと言える


そこで精霊と言う概念が発生してくる

例えば、薔薇の精霊

とは一体何者の事なのだろうかと考えると

植木鉢Aにいた薔薇の魂

と考えるよりも

薔薇と言う概念そのものを司る魂と考えた方がしっくりくる


デジタライズ的に考えると

薔薇の精霊は

薔薇と言うシステムを司るメインAIの事で

会社で言う所の担当や部長の様な立ち位置と言えるだろう


例えば薔薇Aの魂は霊魂の様な思念的な構造を持たない構成要素の散らばりとして

例えば気の様なものとして裏世界を漂う

そしてそれとは別に

あるいはその要素から構成されるのが精霊と考えることができる


余談ではあるが

植物は生物が生きて行く為に必要不可欠な

酸素を発生させている事は世の常識になっている

人類はその事に早い段階で気がついた

だがしかし

もしその事に気がつかないまま現代まで進んでいたとしたら

植物は緑色のわけのわからない物体でしかないので

案外簡単に絶滅してその影響で人間もとっくに絶滅していたかもしれない

そんな未来線にならない為に

それこそ精霊の様な概念が仕事をしていたのかもしれない



動物の霊と

動物の精霊の違い

動物の霊と言えば

例えばポチと言う名の犬がいて

その霊と考えられるが

犬の精霊となると

それがかつて何者であったかは定かではないものの犬と言う概念そのものを司る魂であると考えることはできる

つまり、犬の霊魂とは別に

植物のように犬と言う概念を司る犬の精霊がいると言える


では、人の精霊とはなんだろう

人の精霊と言う言葉自体は聞き慣れたものではないが

神や天使と言われる概念が上記で言う所の

人の精霊と考えると腑に落ちる


個を持たなくなったものが

システムの構成要素の一部となって

個を離れて機能し出す事

それを精霊や神と言った概念として認識する事が出来る


何にせよ生あるうちはとにかく

個を持った存在として

個を尊重するべきであると私は考えている

だからこそ自分を持つ事

アイデンティティやオリジナリティを重視した価値観を大事にしたいのだと思う

その他大勢に流されて行く事は

個の分散であり

どうやら魂がそれを望んでいないのである

生にしがみついて生きていく

と言う選択は即ちそう言う事なのだと思う

神の様な尊重されがちな概念が

没個性の成れの果てと言うのであれば

醜く思われても個を尊重しようとする

その核が魂であり

その業が魂を輪廻させるのだと思う