生きる事に意味なんて無い
生きる事に意味なんて無い
では何故意味があると言い張る人が居るのか
その理由は
不公平な社会の中で偶々得られた幸福を
我が物としたいが為に
その幸福が妥当であると言い張りたいからだ
生きる意味があると言い張る事は
側から見て不公平な幸福が正当化されていると言う事
けれどもその事に対して正当性を主張するのにはどうしても無理がある
と言うより理屈として間違っている
例えば努力をしたり、実力があったり
善行を積んだりした所で
不公平が不公平である事になんら変わりは無いからだ
家畜は感謝されてもされなくても結局食われる
感謝したり努力したりするのは
あくまでこちら側の都合
不公平な理不尽の犠牲になる立場の苦痛が解消されるわけではない
言い訳と言うのはただの自己弁護であって
弁明した所で犠牲が無くなる訳でも
何か問題が解決するわけでもないのだ
生きる事に意味など無い
と言うのは何も悲しい事では無い
むしろ実は意味があると言い張る事の方が悲しい事だ
意味なんて無いから自由であり
生きたいから生きる事が出来る
そう考えた方がよっぽど優しくなれる