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ペタの哲学部屋

私ペタ(ハンネ)、が哲学を自重せずに展開していくブログです

運命と選択

この記事を思いついたのは
今まで記憶のどこかで引っかかっていた
福山雅治がなぜ晩婚なのかという問題と
生きていく上で正しい選択とは何か
運命とは何か、結局何をすればいいのか
という問題が自分の中で繋がってきたからである

とりあえず、福山雅治晩婚問題から
彼は間違いなくモテる、その事は誰もが知っている
、そしてようやく結婚したら
会社を休むファンが大勢いた程、日本では影響力のある人物だった
私は最近になって「桜坂」の良さが今更解ってきたのだが

この桜坂、初めはイケメンが何ほざいてんだ
、モテモテの癖に煽ってるのか?と斜に構えていた
しかしどうやら彼はフラれた悲しみを歌っていたようだ
そして、その復讐心ややるせなさが爆発力となって
ひたすらモテる為の努力をし続け、現在に至る
というのが私の読みだ

どうもやたらとモテる割りに、これだ
という人とカップルになれなかったようで
ひたすらモテる、アピールしまくる
と空回りを続けていたのだと思う、そしてそれは
多くの人にとっての混乱や幸福を与えた

最近人気のユーチューバー
はじめ社長等も、振られた彼女を見返したいが為に発起したそうだ

そして、このモテるのに安定しない人物
周りにとっては、根こそぎターゲットを持っていかれるので
度が過ぎると迷惑でもある
なので、いい加減満足してもらう為に周りの人間が協力的になったりする
そんなこんなで、ようやく落ち着いたのではないだろうか

彼の運命を考えると、大分遠回りしている
けれども彼の選択が間違っていたか、というのは一概に言えない
おそらく目的の達成からはどんどん遠のいていったが
結果的には素晴らしい人生と言えるだろう

では、次に選択について
人生ではあらゆる瞬間に選択肢が突きつけられる
そしてその選択肢やリスクリターンは考えれば考える程増えていく

例を出そう
火の輪を潜る、という試練が目の前にあったとする
その試練に出会った人のパターンをいくつかまとめる

1 あまり考えず潜り、喝采される人
2 あまり考えず潜り、失敗し後悔する人
3 よく考えた結果潜り、喝采される人
4 よく考えた結果潜ったか、止めて、特に何も得なかった人

さて、この中には よく考えた結果後悔した人はいない
なぜなら後悔しないような選択を覚悟する、というのが
よく考える、という事だからだ
人間がなぜ失敗し、それに後悔するかというと
実行や非実行によって発生するリスクを受けれる手段を用意していなかったからだ

もちろん、たまたま上手くいく事はある
しかし、取り返しのつかない大失態を犯してしまう事もある

この、あまり考えないで大きな事をしてしまう人間
こういった人間には多くの仲間か多くの敵が出来る
そうでないと社会はおかしな事になってしまうので
集団は彼をどうにかするしかなくなるからだ
そんなこんなで、時として無謀な挑戦が許される人間がいる

この挑戦する、という行為は
脳の安全地帯、つまり傷のケアが出来る条件が多いほどしやすくなる
ようするに、命綱があるから危ない所にも行けるという事
もちろん命綱などなくとも可能だが
危険な行為を続ければ続けるほど失敗する可能性が増えるので
挑戦者は必ずリスクをケアする手段を持っている

人生をダーツに例えてみよう
もしもダーツが、必ず真ん中に命中するスポーツだったとしたら
これは競技として成り立たなくなる
狙っても当たるとは限らない
といのが競技として成立するミソであり
人はこの、上手くいくかどうか解らない事に挑戦し
成功する事を喜びとしている

だがしかし、誰もが競技にのめりこむ訳ではなく
生きていく手段は他に幾らでもある
挑戦しないで生きていく人間は火の輪潜りでいう所の4
よく考えた結果潜ったか、止めて、特に何も得なかった人
に当たる
この4の人は、失敗しない事やリスクを消化できない事、あるいは消化できる事を知っていた
なので、結果が成功にしろ、失敗にしろ
彼にとって予定調和なのでなんら変哲のない日常を過ごした事になる
そして普通の人が出来ない事をあたりまえにしていく
というのが、強くなる、という事とも取れる

人が成長するにはやはりある程度のリスクが取れる必要がある
なので強くなれば強くなる程、さらに成長を求めるなら
より強い相手、あるいはより厳しい状況を求めるようになる

よく、こんなはずではなかったと
後悔する人がいるが、あまり考えずに実行した結果であり
そしてその失敗を引きずり、
その失敗に価値を見出せていないか消化できていない証拠でもある
もし、なにかを後悔しているなら、その後悔を乗り越える
という試練を与えられている事になる

失敗する前にもし覚悟が出来ていれば
そういう試練すら乗り越える覚悟があるという事なので
失敗は失敗ではなくなり、新たな試練を買っているような事になる

最後に
この挑戦する、という行為が選択であり
条件通りに進む、というのが運命でもある
運命というのは、本人は自覚できない場合が多いが
客観的に見るとよく解る
気が合うからなんとなく、とか
そこにいたからなんとなく、というのが運命であって
火の輪の例の1か2をたどっているのがそれと言える
考える力が無いほど、1か2の運命をたどり
力がある程3か4の日常の中から
1か2の運命を探す事になる

運命にまかせっきりの人は
いつか大きな後悔をし、反省を余儀なくされ結局考えるようになり
考え、よい選択を求める人も結局
より不確定な要素を求め運を試す事になる

世の中あまり考えない人のほうが成功しているように見えるが
長い目で見ると実はそうでもなく、考える人が成功しているように見えても
実はそうでもない
不平等なようでいて、時間軸を長く見れば平等なのかもしれない
世の中の人間関係のバランスというのは上手いこと出来ている
多少適当に行動してみても、案外周りが何とかしてくれるか
時間が解決してくれたりもするので
ハメを外すというのも悪くないかもしれない

私はこれだけ語っておいて、
結局ほんのちょっとだけ勇気がわいてきましたとさ
ちゃん ちゃん