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ペタの哲学部屋

私ペタ(ハンネ)、が哲学を自重せずに展開していくブログです

静と動

行動が存在しなければ善悪も存在しない

行動には必ず摩擦が発生し

配慮の度合いで善悪が決まる

善悪全てに何らかの言い訳が可能で

その言い訳のレベルによって罪と罰が問われる


爽やかと言うのは精神的摩擦が少ない事


風は砂嵐や車に比べ人にあたえるダメージが少ない

なので行動的でありつつも配慮があり

爽やかな人は風を連想させる

風のような状態と言うのは他人を傷つけない配慮がなされた状態と言えるが

力が強いと突風になりダメージも増え

弱った人が晒されれば尚更厳しくなる


何もせずに黙っていれば摩擦は少なくなる

非行動的な人間はそれだけ誤った事をしなくなるのでその事が評価される場合がある


非行動的と言うのは突き詰めれば変化が無い事と言える

一見して忙しそうにしていてもパターンに変化が無ければ、そのパターンの枠組みで静止している事になる

石ころを眺めても動いているようには見えないが、実際は原子核の周りに電子が回っている

つまり行動的と言うのはより新しいパターンに変化する事といえ

非行動的と言うのはパターンに変化が無い事と言える


静と動、それは表裏一体で

互いが認知する為に必要な要素と言える

波乱の人生もあれば変化の無い人生もある

結局人は出来る事しか出来ないので

行動出来る事も出来ない事も誤ちでは無い

行動するにはパターンから抜ける扉を見つけ

抜け出す必要があり

留まるにはその扉を閉めておく必要がある

人生において、あらゆる扉を開いていく事が正しいか、扉を閉めて安住するのが正しいか

と言う問いに答えは無い

とにかく人生にはあらゆる扉があるが

その事に気がつきすらせずに苦しんでいるのだとしたら愚かだし

開けてはならない扉を閉めれずに苦しむのも愚かだ

結局人間は全員愚か者だが

人生の扉を開くのも閉じるのも案外難しいのでやはり人生は難しい

簡単だと思いたくなるがいつまでも簡単だと思い続ける事は出来ない