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ペタの哲学部屋

私ペタ(ハンネ)、が哲学を自重せずに展開していくブログです

協力と闘争

人と協力すべきか、
あるいは闘争すべきか

これは意外と難しい問題だ

社交的な人であれば迷わず協力と言うかもしれないし
卑屈な人は闘争しか見えないかもしれない

やはり結論としてはどちらも重要なようだ


闘争において
仮にお互い同じような強さだった場合
相手の弱点を突いたほうが勝ちやすい

そして逆に協力の場合
相手に何らかの利点(力)を見出しているから
協力出来る 

ならば人の良い部分を褒めて
皆が協力的になればいい、と思うかもしれないが
多分事はそんなに単純ではない

アメリカと日本の関係を例に見ていこう
現代の日本はアメリカに媚びているような所があり
協力的で、アメリカの文化から良い部分を吸収していっている
、そして甘いものばかり取っていると体に悪いように
あらゆる依存や欲望も吸収してしまうというリスクを背負っている

ただ、日本にもアメリカに敵対心を持っている人達もいる
そしてそれは、当然と言える
なにせ日本は敗戦国な訳で、
その傷はそう簡単に癒えるわけではないからだ
今となってはその怨念が風化しつつあるが
よほど酷い事をされた相手に対し
両手を挙げて、媚びへつらうのが正解かと言うと
それは違う

深く考えず愛嬌を振りまいて媚びていれば上手くいく
というわけではない、なぜなら
だれにでも何処かに闇や歪みを抱えている所があるので
その歪みを許し放任し続けていると、やがて人は調子に乗り出す

こいつなら何をしても怒らない
こいつは騙されている事に気が付かない
やがて人はそのように考え出し
お互いにとってかえって悪影響になってしまう

時として守らねばならないプライド
というものが必ず存在し
その為には闘争が必要になる

人は協力しないと生きていけない
とよく言うが
逆説も存在し
人は闘争しないと生きていけない

というのは間違いないだろう

なぜ人は戦わなければ生きていけないか
という理由はとてもシンプルで
人間が捕食動物であるからに他ならない

生き物を食べるという事は
見えていないにせよ、戦いに勝って
命を奪っている事に他ならない
そしてこれは肉食動物に限らず
草食動物も同じで、食というシステムがある限り
闘争が無くなる事はない

なのでいい人生を生きる
という事は
いい戦いといい協力をする、という事と考えられる

ただしこれも、中々難しく
物事の善し悪しの判断は見る角度で変わってくるので
一概に断定できるものではない

問題になるのは、おそらく偏りと執着と考えられる
なので
戦い、協力、成長
それらの効率化が重要になる
バランスの偏りが解消でき、執着を手放せるようになれば
後は自分の心で判断する
という選択肢がようやく手に入る

現代では人対人で直接血を流す例は減っているので

それはいいが、脳対脳で不毛な戦いは多い

生きている以上犠牲が発生するのは仕方が無いが
無駄を減らす事は出来る

 

 

最後に
この、効率化に五行が応用可能で
様々なパターンが存在し
上手くいかない場合
木火土金水の何かが歪んでいる

例えば戦いでは

木 豊かさ=スピード、豊富なパターン
火 情熱= 攻めの姿勢
土 経験= データの量
金 価値= 物質本来の力、扱う道具の強さ
水 感覚= 守りの姿勢

と当てはめる事ができ、相生、相剋等
その相対関係を利用すると上手くいき 
協力するなら逆にこれらに価値を見出せばよく

成長過程の例としては

木 脳に知識がある状態→火へ
火 知識から情熱を燃やし行動的な状態→土へ
土 情熱を燃やし尽くすとよく眠れ、経験を積める→金へ
金 よく眠った後は経験が整理され、判断力が高まるので経験から価値を見出せる→水へ
水 価値を見出せればそれが快感になり、報酬系の活性化と共に脳が育まれる→木へ


このような流れが好ましいと思われる
細かい部分はその時の都合で変えればいい